予防と健康管理ブロック・レポート
1はじめに
複雑化する社会構造や、長引く不況による労働環境の悪化などにより、精神・行動の障害による長期病休者は幅広い業種で増加傾向である。
その解決には、各事業所の健康管理に関わる産業医、精神科医、保健師、人事労務担当者の果たすべき役割は非常に大きい。また平成18年には労働安全衛生法が改正され産業医の役割が追加された。今回は、以下に選んだ2つの文献をもとに、事業所内でのメンタルヘルス活動について考察する。
2選んだキーワード
「メンタルヘルス、労働安全衛生法」
3選んだ論文の内容の概略
以下に今回選択した2つの文献の要旨を述べる。
a.事業場内での精神科医の活動 黒木宣夫 産業精神保健14(4):272-277
・はじめに
著者は、某職能団体において精神・行動の障害による長期病休者は、平成8年の1050人から平成13年には1912人に急増していること。また平成11年度ならび平成14年度厚生労働省患者調査を比較し、入院・通院中の精神障害患者数、統合失調症患者数、気分障害患者数いずれも増加していることより、長期病休者の急増と精神障害者の受診率の増加は連動していると予測している。
このことより企業での精神科医の役割の重要性を鑑み、某事業所での精神科医の活動を通しての産業現場での精神科医の役割に関して考察している。
具体的には、機械工業を主体とする企業においての約2年半の間月2回、嘱託医としての精神科医に求められた相談内容ならびに、それへの対処を報告している。
・対象は68名(男性59名、女性9名)
・相談の依頼元
依頼もとの内訳は、職場上司から保健師を通して精神科医に判断が求められた例、人事労務担当者と保健師の相談により精神科医に判断を求めた例がそれぞれ12件、保健師からの相談が10例、復職診断32例、職場上司からの相談2例である。保健師を通しての相談がほとんどである。
・相談内容
相談数は、移動赴任への不安・内容変化・体調不良(11.8%)家庭内問題(10.3%特定地域への不安(16.2%)長期休職、休職復職の繰り返し(14.7%)業務内容、量、作業効率の低下(16・2%)出社困難・頻回欠勤(7.4%)職場の対人関係(5.9%)頭部外傷・脳内出血後の復職判断(5.9%)などが上位である。
また相談者の精神科診断であるが、躁うつ病2例うつ病が23例であり全体の34%を占めいた。
精神科医の対応としては、医療機関への紹介、職場への対応指導、家族への対応指導などが上げられる。
・まとめ
今回報告した事業所は、産業医、保健師、診察を行う嘱託精神科医、カウンセラーが配置されており産業保健スタッフは充実している。ゆえに、月2回の嘱託精神科医の役割は限定される。しかしながら前述の通り精神科医としての活動内容の対象は、アルコール、移動・赴任への不安・体調変化、家庭内問題、長期休業、休業・復職繰り返し、顧客とのトラブル、職場内の人間関係など多岐にわたる。この背景には、事業所内で保健師がきめ細かく対応し産業精神保健上の問題に早期に対応し専門医としての精神科医に相談していると考えられる。すなわち嘱託精神科医が機能するためには、保健師人事労務担当者との緊密な連携が必要であるといえる。
さらに産業保健スタッフによるメンタルヘルスケアの体制を図ることを前提とし、その上で人事労務担当者、職場上司と連携のもとに職場ストレスを中心とした一次予防対策、うつ病を中心とした二次予防対策の充実、さらに再燃再発を防止する三次予防対策の構築がメンタルヘルス構築に重要である。
b.非常勤産業医の活動と関連部署・関連機関との連携 森田哲也 産業精神保健14(4):278−282
・はじめに
労働安全衛生法が改正されて1ヶ月あまり、著者は28事業所で産業医活動を行い、10事
業所で何らかのメンタルヘルスに関わる活動を行った。長時間労働者の面談は4事業所で
実施し、2名に就業制限の意見を付与した。
また著者は、近年事業所からのメンタルヘルス個別相談や体制作り相談、教育の実施以来を受けることが多く嘱託産業医のメンタルヘルス活動への関与の重要性を認識し、嘱託産業医の活動状況を検討しつつ、今後産業医がメンタルヘルス対策、長時間労働によう健康障害の防止対策に関わっていく上で必要な条件や連携サポートについて考察している。
・嘱託産業医の現状
平成12年労働安全衛生基本調査では事業所の産業医選任率は75.8%、1000人以上の事業所では98.9%であるのに対し、50〜99人の事業所では67.8%と報告されている。一方東京労働局の調査では平成16年には869社中833社95.9%で産業医が選任されており、以前より選任率が上昇している。しかし50〜299人の事業所では半数以上が年間20時間未満であり月一回以上の法定どおりの活動を満たしているのは非常勤産業医選任の事業所は、半数である。産業医学振興財団の調査では、産業医のメンタルヘルス活動はその活動時間に比例し実施されていることが示されている。
・労働安全衛生法改正に対応したメンタルヘルス活動
平成18年労働安全衛生法の改正により、産業医の職務に「長時間労働に関わる医師による面談指導」「安全衛生管理の強化」が追加された。これにより産業医に法律上新たな役割が加わった。こうした中、産業医が行うメンタルヘルス活動は、長時間労働に起因するメンタルヘルス不全の防止ならび早期発見、安全衛生委員会での長時間労働の実態や対応の検討、さらには「労働者の心の健康の保持推進のための指針」に即した事業所内での一次予防を含めたメンタルヘルス対策の推進である。
・非常勤産業医によるメンタルヘルス活動の問題点
産業医は必ずしも精神医療に精通しているとはいえず、必要に応じて精神科医等の支援を受ける必要がある。しかし非常勤産業医は常勤と異なり、精神科専門機関と連携をとるにしても、一事業所の産業医活動の時間内に十分な連携を行うことは難しい。また精神科医と産業医との間の信頼関係が成立しておらず、精神科医は、産業医が患者情報を事業所の人事労務担当者にすぐに伝えるのではないかという懸念を持ちがちで、守秘義務の関係からも産業医に情報提供をしたがらない場合がある。
また専属産業医と比較して時間的又は専門性の問題からも、事業所の総括的管理への関与が少なくなることも問題点である。
・問題点の解決
これらの問題の解決には、産業医側のメンタルヘルス事案に対する対処法の理解を深める一方、精神科医側も事業所内での産業保健の実情や産業医制度について理解を深める必要である。
また外部の労働衛生コンサルタントや産業精神保健の専門家の活用。産業医の業務を補い、事業所や精神科医との連携を図る事業所内でのコーディネーター的な役割を果たす産業保健職の存在にも著者は期待を示している。
4考察
今まで、選択した2文献の要旨を述べてきたが以下に自分自身の考察を述べる。
日本において、高度経済成長を遂げる過程で労働環境も劇的に変化し、バブル崩壊後の長引く不況の中で企業は大規模なリストラを断行、長時間労働、さらには成果主義の急速な導入、年功序列に代表される日本的崩壊などにより、職場で受けるストレスは著しく増大し、それと比例するように自殺者数の増加は社会問題となり、さらには「カロウシ」は世界共通語となった。また、若者の価値観の多様化は著しく、今までの雇用形態ならび働き方に対して違和感を覚え、社会に又は企業に上手く適応できない人が増大している。このような社会情勢の中で事業所の労働安全衛生、特にはメンタルヘルスの維持における対策が急務であることは明らかである。
各事業所の嘱託精神科医の選任率、常勤、嘱託産業医の選任率の増加は、各事業所のメンタルヘルスケアに対する意識の向上の表れとして評価されるべきことであるが、文献にもあったように、非常勤産業医の時間的あるいは専門性における限界、または、精神科医との連携、人材が機能する制度作りは、まだ不十分である。
この解決には、文献bで提案されているように、産業医が、精神科医、人事労務担当者の間に入り、フィルターの役割を果たすことや、産業医に対するメンタルヘルス関係の教育の強化、精神科医に対する産業保健研修実施などを通し、相互理解を深めることが非常に有用であると考える。
また、メンタルヘルスに対する意識も十分高まっているとは言い難い現状もある。
授業で視聴したビデオの中にも、病になった突端に解雇するという事例が報告されていた。せっかく各事業所で安全衛生委員会を設置しても、重篤な労働災害に注意が傾きメンタルヘルスに対する対策が遅れる傾向も否定できない。この傾向は、小規模事業者に強い。また小売業、サービス業などの重篤な労働災害の発生が危惧されない業種での安全衛生委員会の設置率は低くなっている。
さらには、社会全体の精神疾患に対する理解の低さも問題である。うつ病などの精神疾患に対する理解は不十分で偏見も根強く社会復帰の大きな障害となっている。今後、各事業所での精神疾患ならびメンタルヘルスに対する理解を深めるべく、講習会などの開催が必要であると考える。それと同時に職場内での交流を深め互いに助けあえるような職場の環境づくりが急務である。
5まとめ
これまで様々考察してきたが、事業所内での労働安全とくに従業員全員のメンタルヘルスの維持の難しさを痛感した。
事業所が、メンタルヘルスケアに対する意識を高め、職場環境を一から見直し、一次予防に全力を尽くすことは言うまでも無いが、精神・行動に障害を起こした従業員に対する支援体制を、専門家からの十分な助言を得て参考にしながら、労使間での綿密な協議に基づき早急に確立する必要性を強く感じた。
また、事業主は従業員のメンタルヘルスに対し全面的に責任を負うべきである。確かに労働基準法の範囲内で起こった精神疾患に関して使用者の法的責任は無い。しかし今後さらに増加が予想される精神に何らかの問題を起こす従業員をサポートし社旗復帰を支援することは企業の社会的責任であると同時に企業の社会的地位を高めるものであると確信する。
精神疾患を抱えた患者へのサポートには、産業医、精神科医をはじめとする、医師の果たすべき役割はきわめて大きい。これらの医師のメンタルヘルスケアに対する専門性を向上させるべく、認定医制度の見直しなどの積極的措置を講じた上で、医師が労働安全の対策に積極的にイニシアティブを取れるような制度作りが必要である。
また全従業員に対するカウンセリングやアンケート調査の義務化といった、積極的な施策を講じると同時に、行政、事業主、労働組合、医療関係者全てが一帯となった対策が必要であると確信し論をまとめたい。